自宅の前の桜は、咲きそうで咲きません。明日の花見ラッシュは「お花は抜き」になりそうです、調たかしです。

前回のブログ更新は、自由民主党福岡市議団が提出した議員提案条例が特別委員会で修正案とともに可決されたことをご報告しました。今日はその後のご報告です。

条例案は3月28日に修正可決されました。3月9日の上程以来、議案質疑、分科会質疑、総会質疑での慎重な審議を経ての可決でした。可決は即ち福岡市の政策判断が正されることを意味するので、起案に関わった者の1人として、非常に感慨深いものがありました。

しかし、他の会派も含めて同僚議員たちと健闘を称え合う間もありませんでした…。市長が間髪をいれず「再議」の方針を表明されたからです。

この場合の再議は市長の一般的拒否権の意味合いですが、議会は改めて本会議を開き、出席議員の3分の2の以上で再可決できなければ、私たちの条例案は廃案となります。3月31日には市長から正式に再議の書類が議長に提出されました。

以下はあくまで個人的な意見や感想と断って書きますが、私は今回の再議には大義がなく、議会の決定の重みを一顧だにもしない非常に問題があるものだと思っています。

なぜ「再議に大義がない」のかですが、一つは再議の理由が「実にくだらない」ということです。議長に提出された再議書によると、条例案が市長に出資に向けた努力義務を課したことを問題にされているようです。書類には「出資は必要ない」という当局の従来通りの説明が書き並べてあり、「本条例案はこの判断と相容れないので、異議があるものである」と結んでいます。

何ら新たな材料もなく、これまでの説明が長々と書いてあるだけで、つまり再議の理由は「私の考えと違うので異議がある」とのこと。なんというか…とてもがっかりです。

出資をしないという当局の政策判断の是非については、これまで2ヶ月以上も議会が真剣に審議を続けてきました。侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論の結果、議会が出した結論が「市長は出資に向けて努力して下さい」という条例の可決です。つまり、「出資しない」という当局の方針は議会における正統な議論と手続きの上で退けられました。「市民の利益を守るために出資をしなければならない」という結論で「決着済み」なのです。

「気に食わないからやり直せ」という再議の理由はくだらないことは既に述べた通りですが、いくら市長のなさることといえ、車軸の両輪に例えられる二元代表制の一方であり市民の代表である議会に対して、無礼千万(ぶれいせんばん)だと思います。せめてもう少しまともな違う理由を考えて頂きたかった…。

また、市民・有権者の皆さまにメディアを通じて伝わっているか疑問ですが、実は3月28日の本会議採決での賛成数は再議要件である3分の2を実質的には満たしていました。すなわち、議長が採決に加われば、40対20だったということです。これ以上、何を期待するのでしょうか?確かに賛成議員が怪我や病気等で1人でも出席できなければ、条例案は廃案になります。事実、私自身も最近は、足元や段差や暴漢(笑)にはいつになく気をつけながら過ごしてはいますが…。

ところで、歴代の福岡市長はこの状態で果たして再議を考えたでしょうか⁉︎かつて自身の看板政策に関する議案を議会で修正され、僅差の採決で修正可決されたときでも「これが民意だから」と再議には付さなかった市長がいたことを、多くの現職議員や職員が知っています。これまで再議がなかったのは、その時々の市長さんが大人の判断をしてきたということだし、二元代表制の本旨、議会制民主主義を真に理解した対応を取ってこられたからだと思います。

福岡市では今から61年前に再議がありました。資料を取り寄せて紐解いてみました。市長が提案した公有地の払い下げに関する議案で、除斥に該当する議員(払い下げを受ける者に何らか利害関係があったと推測される)が議場にいる状態のまま可決したので、議決手続きに法令違反の疑いがあるとの判断から再議に付された事案のようです。

再議では除斥議員が退席し、質疑も省略して直ちに採決が行われ、再可決されていました。速記録からも、淡々と採決をやり直した雰囲気が伝わります。こうして見ると、やはり福岡市政において「再議まで論争になるのは今回が初めてである」という理解が正しいのだと思います。

我々議会としては何とか賛成を維持し、議会の固い意志を示さなければなりません。空港の問題はそもそも、議会の意見を聞くことなく勝手に出資しないことを決めた対応のまずさが発端になっており、こうした独断専行の市政運営を改めてもらうためにも、断固として再可決せねばならないと思っています。

やるかもとは聞いていたけど、まさかやるとは思ってなかった再議という名の延長戦…。気が休まる暇もない新年度初日です。