ワクチン接種の予約システムの欠陥を巡って、朝日新聞系の出版社と毎日新聞、日経新聞系のネットメディアが「架空」の予約をした上で報道したことが議論を呼んでいます。
そもそも、「真正ではない予約番号や若い年齢などを入力しても、ワクチン接種の予約が確定できる」といった欠陥が、お粗末この上ないことは誰の目にも明らかです。
何者かが悪意をもってすれば、日本国内のワクチンを大量に無駄にさせることも可能になりかねない(冷凍状態で海外から運ばれてくるワクチンは、解凍後の使用期限が限られている)わけですから、はじめにこの問題の報道に接したときには、大袈裟な話ではなく「我が国の安全保障に関わる問題」だと直感しました。
予約システムに重大な欠陥があるのならば、そのことを指摘し、早期の対応を求めることは、報道機関として当然のことだろうと思います。私も元記者の端くれとして、そこは間違いないだろうと。
しかしながら、なんでわざわざ架空の情報を報道機関がシステムに打ち込んで、ワクチン接種の予約をする必要があったのか、こうした取材ないし検証の手法は、アウトだと思います。別にそんなことしなくても、記事の書きようはいくらでもあるはずです。
「電子計算機損壊等業務妨害」という罪があります。ハッキングや虚偽の情報の入力などにより、パソコンやシステムを誤作動させて他人の仕事の妨害をする等の行為を罰するもので、いわるゆ従来からあった業務妨害罪の加重犯(より重い罪状)です。
いくら国民的な関心が高いコロナワクチンの予約に関する検証とはいえ、実際にはワクチン接種の予約をする意思がないのに虚偽の情報を入力して予約を成立させることは、こうした法律の趣旨に照らせば、「普通に考えて、やってはいけないこと」なのではないかと思います。
今朝の朝日新聞に、当事者である出版社と新聞の反応が載っていましたが、両社ともに「予約は取り消した」「公益性があった」と言っているようです。しかし、とても違和感があるのは、違法性の有無をどう認識しているのかについて触れられていないこと。
「一旦は盗んだけどすぐに返した」「だから、罪はないだろう」という理屈は、我が国では通るのでしょうか。
私は地元の報道機関を退職してから選挙を経て公職に身を置き、取材する側・批判する側から「される側」に回ったので、この辺りには非常に敏感なのですが、いま私がもし仮に「盗んだけど返した」をやったとしたら、全ての新聞に書き立てられることでしょう。
権力を監視し、世の中の悪事を正すのが報道機関であるならば、自らの過ちに対してこそ、一層高潔な精神をもって対処すべきだと思います。出しているコメントが往生際の悪いものに感じられて、非常にみっともない。
一方、この問題を受けての権力側、指摘を受けた政治の側の対応は、「品格を欠いた」などの批判が出ている通りで、私も大変残念に思いました。報道された内容に、相当慌てたのだろうと思います。冒頭に述べた通り、国を危うくしかねない重大な問題だったからでしょう。政権中枢はパニックになったのではと想像します。
ただ、理由はどうあれ、みっともないものはみっともなく、情けないものは情けない。
長引くコロナ禍で荒みきった世相を象徴するかのような批判の応酬ですが、今回の問題に関する国民の最大の関心は、システムの欠陥がワクチン接種のスケジュールに遅れをもたらすのか、無駄になるワクチンが出るのか出ないのか、ここにあるだろうと思います。
政府は、こうした国民の関心にいち早くこたえる対応を取らなければならないと思いますし、報道機関も冷静に、この問題の顛末、今後明らかになるファクトを伝えてもらいたいと思います。