福岡市の令和4年度予算審議は、条例予算特別委員会の分科会審査が佳境を迎えています。今日から2日続けて、特に気になっている2つの項目について所見を述べたいと思います。
今日は令和4年度の目玉施策になっている「習い事支援」についてです。
生活保護世帯、児童扶養手当を受給している世帯に、こども1人あたり月額1万円のクーポンを支給し、学習塾や音楽教室、スポーツなどの習い事の支払いにあててもらうというもの。約3億円が計上されています。表題の通り「貧困の連鎖を断ち切る」という強いメッセージとともに、予算説明資料の一番アタマに書かれていました。
初めて予算資料を開いてこの習い事支援が目に飛び込んできたとき、私は座っていた椅子から転げ落ちそうになるくらいズッコケました。「連鎖を断ち切る」という強い決意と施策の中身が全くマッチしないからです。
「貧困の連鎖」の定義を中央省庁のウェブサイトなどで見つけることができなかったのですが、貧困家庭で育った子どもが大人になった後に貧困に陥るという「世代間の継承」のことを指すものだと理解しています。
私は民放記者として働いていた頃から今現在に至るまで、非行により少年院に入っていた若者と接することがありました。私が見てきた彼ら、彼女らはみな、幼少期から家庭での最低限のしつけはおろか、親の愛や学校での教育を十分に受けることがなく育っていました。そして、こうした若者たちの多くは総じて、裕福とは言えない子ども時代を経験しており、非行の事実があった当時も裕福ではありませんでした。これらはまさに貧困が連鎖した事例だったと思います。
市議会に議席を頂いて11年あまり、私はずっと子育て・教育の分野を所管する常任委員会で仕事をしてきましたが、貧困の連鎖を断ち切るにはどうしたらよいのかずっと考えをめぐらせながらも、答えを見つけられずに過ごしてきました。なぜならば貧困の連鎖は大抵の場合、個々の家庭環境に要因があるからです。
福岡市が平成27年に行った「子どもの生活状況等に関する調査」で監修を担当した有識者の言葉を引用します。
「貧困の世代間連鎖という観点からは、これまで届いてなかった層へのアプローチが求められます。(中略)困難を抱えた世帯に対しては、家庭の私事性を尊重しつつ、保護者への支援や働きかけが求められます。(中略)保護者自身がこれまでの人生経験から教育や学び自体に対して不信を抱き、期待や関心を寄せていないケースも予想されます」
ここに書かれている事態はなかなか想像しにくいかと思いますが、親が意図的に我が子を教育の機会から遠ざけるような家庭が確かに存在するのです。こうした家庭で育つ子どもは、どうやって貧困から抜け出す力を身につければ良いのでしょうか。
ところが、仮に子どもが健全な育ちを保障されないことが明らかな家庭であっても、およそ家庭なるものは極めて私的な空間であり、明白な虐待の事実でもなければ公が踏み込むことはできません。こうした制約の中で、どうすれば課題を抱える家庭に一歩踏み込み、子どもたちの将来に必要な力を身につけさせることができるか。これこそが貧困の連鎖を断ち切るために向き合うべき命題なのです。
「貧困の連鎖を断ち切る」ことを真剣に目指すのであれば、取り組むべきことは習い事支援ではありません。何かをちょっと配れば解決するような簡単な問題ではないからです。先ほど引用した市の調査報告にもある通り、貧困の連鎖というのは極めて根が深い家庭的な問題であって、「市が1万円出してくれるから子どもを塾に通わせようかな」と思えるような世帯は、そもそも貧困の連鎖に陥る恐れは高くないと断言できます。
実は、福岡市では既に国の支援を活用して貧困の連鎖を防ぐための取り組みをしています。生活困窮者自立支援法に基づく子どもの生活・教育支援事業で、生活保護世帯や児童扶養手当の受給世帯などを対象に、社会福祉の専門家が子どもの教育に関する親からの相談を受け、特に問題があると判断した子どもを個別指導の学習につないでいます。
支援の対象となる子どもは週に1回程度、120分から60分の個別指導を自宅で受けることができます。福岡市が個別指導を委託している先は大手の家庭教師派遣事業者です(現在はコロナ禍の影響で教室型の授業実施になっています。)
この事業の特長は、社会福祉施策に関して専門的な知識を有するエキスパートが問題を抱える生活困窮世帯に足を踏み入れ、親を説得して子どもを学習支援につなげている点です。貧困の連鎖を断ち切るための取り組みとしては、こちらの方がよほど問題の本質に迫っています。
広く浅く1万円の習い事クーポンを配るくらいなら、今まで取り組んできたこの事業を大幅に拡充して、中2から高3とされる対象年齢を小1から高3までにすべきです。私が抱いている不安、或いは不満と言うべきかもしれませんが、それは「貧困の連鎖」という大きな社会問題に対する福岡市の受け止めが本当にこれでいいのか?という一点に尽きます。
今日の分科会で私はこの問題を取り上げて、かなり厳しい物言いをつけました。このような施策の目的と効果が怪しいバラマキに公金の支出を認めて良いものか甚だ疑問ですが、この施策にかかる経費も含めて一般会計の予算案が一本である以上、手出しすることはかなり難しいという現実もあります。個別の事業として、極めて厳しい目でチェックしていくつもりです。
【追記】
本日の分科会での質疑の主眼は、貧困の連鎖を断ち切るという予算書の見出しと、習い事クーポンのミスマッチを指摘することにありましたが、連鎖の問題を切り離したとしても、習い事クーポンには幾つもの疑問点があることを指摘しました。以下に主なものを掲載します。
・現金支給をすべきではないのか
・いまどき月1万円では塾に通えないのではないか
・いまの習い事先がクーポンの使える事業者に登録をしなければ、結局使えないのではないか
・大阪市と千葉市で先行事例があるが、千葉市は公金を使わず寄付金をもとにしている。理由はいかなものであれ、塾通いを公金で手助けするのは公教育の責任の否定というか、自滅にならないか
習い事クーポンを配るためのシステム開発や、事業の委託費は約5700万円だそうです。残りの約2億4千万円程度が配られることになるのでしょう。
本当にバカげていると思います。私が今日取り上げた、貧困の連鎖を断ち切るための子どもの生活・学習支援事業の来年度予算は、5300万円ちょっとです。システム開発や委託の費用を削るだけでも、よっぽど実効性のある施策の予算を倍増させることができるのに…。